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いのちを語る②
 去る8日の夜、映画「硫黄島からの手紙」を見に行きました。多くの若者達が、飲み水も食べるものも無く銃弾さえない島で戦い死んで行きました。中国大陸、東南アジアや太平洋の島々でも多くの悲惨な戦いが繰り広げられたそうです。
 太平洋戦争で亡くなった日本人は確か580万人、第二次世界大戦の犠牲者は2100万人だったと思います。かけがえのない命が悲惨な戦争によって奪われました。人間はいつまで愚かな戦いを続けるのでしょうか。毛沢東は「戦争は戦争をなくすためにやる」と言ったと聞いたことがありますが・・・だとしたら、この地球上から戦争が終わる時は人間が生きている限り来ないでしょう。
 なぜ、戦争の話になったかと申しますと、私自身が太平洋戦争で犠牲となられた多くの人々の命をいただいていると言う思いがあるからです。
 私の父は今年92歳になります。子供の頃、父から聞いた話によると、昭和16年、広島の寺へ養子に行く話しが合ったそうですが召集令状が来て入隊し、中国大陸を転戦し終戦を迎えたのが海南島だったそうで昭和21年3月にやっと復員したそうです。復員してみると、広島の町は20年8月6日の原子爆弾の投下によって廃墟の町となり行く予定だったお寺も消失しご家族も亡くなられていたそうであります。
その結果、この町に来て私の母と結婚することになったのであります。
もし、父が広島に行っておったとしたら、或いは戦死していたとしたら私はこの世に生まれてくることはありませんでした。
 終戦50年の年、平成7年の5月、初めて広島に行った私は、平和公園に祀られた慰霊碑や資料館の原爆の惨状を表す遺品の前で涙が溢れて止まりませんでした。私の命は、原爆や戦争で亡くなられた多くの人々の命と引き換えにいただいた命だと気付かされたのです。
 これは、私だけでなくこの世に生まれてきた人は全て多くの命をいただいて生まれさせていただいたと言うことでしょう。
 そのことをお釈迦様は、法句経の中で
 「人の生を受くるは難く やがて死すべき者の 今いのちあるは有り難し 御法を聞くは難く 御仏の世に出でますも難し」と説いておられます。
 人間として生まれてくることが如何に難しいことであるか、そしてその命には限りがあり生かされていることが有り難いと言うことです。
                                    つづく
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【2007/01/17 01:12】 | いのち | トラックバック(0) | コメント(0)
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藤井慶峰の日々を綴るブログです。法泉寺のHPへ

プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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