ブルートレイン最終便・・・懐かしい思い出。
 昨日、熊本発東京行の寝台特急はやぶさと大分発東京行寝台特急ふじの最後の列車が上下それぞれラストランを終えました。
 私が最後にブルートレインに乗ったのは、今から30年も前のことです。
 当時は、熊本発東京行は「みずほ」で鹿児島と東京間が「はやぶさ」でした。
私が乗ったのは「みずほ」で熊本駅始発でしたが平成6年に廃止されたようです。

 昭和54年の5月、2年間の修業を終えて帰った私は、東京港区芝にある曹洞宗宗務庁で、6日間、年3回開催される布教師養成所に入所することになりました。
 5月のある日、まだ25歳の私は、剃髪して頭はピカピカ、改良会(略式の法衣)に下駄履きで出かけました。
 当時は、飛行機を利用する人が増加する一方で、時間のかかる寝台特急は利用客が低迷していたようです。

 熊本駅から乗車すると向かいの席は、偶然にも小学校時代からの同級生のお父さんでした。
日が暮れるまで談笑して過ごしましたが、いざ寝ようとすると「ガタンゴトンガタン・・・・・」と線路のつなぎ目を踏むたびに車輪から耳元までうるさい震動が伝わってきて眠れませんで長ーい長ーーい夜を過ごしました。
 今なら、酒を飲んでグースカグースカ寝るところですが、何分、品行方正な修行僧ですから(でした)から車窓から過ぎ行く景色を眺めて過ごしたものでした。

 睡眠不足のまま宗務庁に着くと、「方丈さん、下駄履きはできませんのでこのスリッパを履いてください」と職員から言われて「坊さんらしくしてきたのに・・・」などといささか不満でした。
 そして、6日間缶詰状態で研修を受けて再び東京駅から「みずほ」に乗ると・・・・・・・なんとなんと、またまた、向かいの席は、往路と一緒で同級生のお父さんだったのです。お互いにびっくり、しゃっくりでした。
 一緒に東京へ来て、それぞれ6日間を東京で過ごし、また同じ列車の同じ席で帰ることになっていたのでした。
 その方は、今もお元気でお過ごしです。

 私は、ブルートレインを利用するのをこの時で止めました。理由は、16時間もかかるということと震動がうるさくて眠れないことです。
 昨日で廃止されたブルートレインのニュースを見ながら30年前の東京行きを懐かしく思い出しました。
 昨夜、NHKでブルートレインの特集を放送しておりましたが、この列車は、多くの人々にたくさんの思い出を作り人々の歴史を刻んだのです。
 私にとっても、今は懐かしい思い出です。
スポンサーサイト
【2009/03/15 16:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
<<阿久根市議選スタート・トンデモ議員ご紹介します。良識ある投票を。 | ホーム | 「河野義行さんの講演」部落解放県民共闘会議九州ブロック総会>>
コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://keihoh.blog58.fc2.com/tb.php/669-ad33cf99
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


藤井慶峰の日々を綴るブログです。法泉寺のHPへ

プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

過去ログ

最近の記事

カテゴリー

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

最近のトラックバック

QRコード

QRコード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる