母親の死を看取る父と子の姿に感動しました
 もう2月ほど前のことです。
午後11時過ぎに電話が掛かりました。この時間に電話が掛かるのは不幸の知らせがほとんどです。
受話器の向こうから聞こえるのは日頃からお世話になっているMさんでした。
「やぁご無沙汰してます」と言うと「実は、先ほど妻(62歳)が亡くなりました。我が家は元々浄土真宗ですが、妻が生前に『私は、法泉寺の慶峰さんにお葬式をして貰いたい』と言っていましたのでよろしくお願いします」とのこと。
 「そうですか・・・快復されていると聞いていましたのに・・・残念でしたね。お悔やみ申し上げます。これから直ぐに伺います」と言って急いで準備して自宅へ伺いました。
 
 奥様は、時々拙寺に来て私と会話をしたり電話で話をしたりしておりましたがとても聡明な女性でした。
 癌と診断され入院加療されておりましたが、最後は、自宅でご主人やふたりの息子さんの看護を受けておられたそうです。
 最近は、殆どの場合が病院で死を迎えますがご本人とご家族の希望でそうされていたそうです。
 私が着いた時には、まだ枕経を挙げる準備はできておりませんでしたので静に待っておりました。
 息子さんが、床の布団を用意ししている間、すっかりやせ細った奥様の亡骸を抱いたまま待っておられるおられるご主人の姿がありました。
 そして、長男さんと次男さんが交代で抱いておられるのです・・・。
  
 お母さんの手がくしゃくしゃになり すらっとしていたその体も痩せ細って・・すっかり小さく軽くなってしまった・・・なぜ?
 そう、お母さんは子供達の為に苦労を厭うことなく働き続けていたのです。
 お陰で、子供達はすっかり大きく立派になりました。
 おかあさんありがとう・・・今度は、僕たちがお母さんを抱っこしてあげるね・・・。
 僕たちは、お父さんを支えて頑張っていくからね・・・。

 そんな母と子の会話が聞こえてくるようでした。生前のお姿を思い浮かべ、ひとり感動の涙を流しながら見ていました。

 翌日、お通夜の読経の後、前夜の父子の姿に感動したことを参列者の皆様に紹介しながら法話をしました。
 たくさんの参列者がありましたが皆さん感動の涙を流しておられました。

 話をしている私も涙が溢れていました。

 たらちねの 親に仕えて まめなるは 人の誠の はじめなりけり
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【2008/10/19 09:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
看取る・・・これこそ人間の心を如実に表す行為ではないかと思います。

人は誰も終わりを迎え、その終わり方は色々です。
どの様な最期を迎えたかということで、その故人の人柄、同時に生き方をも知ることが出来ような気が致します。
看る側、看られる側にどの様な事情があろうとも、看てあげずにはいられぬ心境に駆られることが即ち故人の人徳というもので、生前の生き方の結果ではないでしょうか!!!?

このMさんの奥様の場合も、御主人をはじめ二人の息子さんが奥様を看ずにはいられない心境に駆られ、自分のことはさておいても介護に専念されたのだと思います。
奥様の命が終わると同時に、御主人や息子様の心の中には何か満ち足りたものが湧いてきて
悲しみを越えた満足感、安堵感があったことと思います。

家族に看て戴けた奥様、また奥様を母親を看取ることが出来た家族・・・お互いの心は昇華したと言えましょう。
亡くした悲しみは底知れぬものがありましょうが、妻を、母を根の尽きるまで看た充足感は安心へと繋がり、生きる力となるに違いありません。

床の布団を作っている間、代わる代わるに亡骸を抱いている姿・・・第三者の目には心が痛く見るに偲びありませんね。
しかしながら、家族に取りましては生きていた温もりを僅かな時間でも感じていたいという愛情の表れだったのだと思います。
また、奥様に対し、「お前の傍にいるよ、お母さんの傍にいるから安心してね」と心通わせていたに違いありません。
家族を亡くした悲しみは底深く、介護時の苦しみを思うと、ただただ安らかに永眠できることを願うのみでありましょう

私も今から2年前、母を看取りました。
自宅で介護が出来、見取りが出来たことにはあらゆることへの感謝の気持ちで一杯です。
このブログを読みながら、母の介護時を思い出し涙してしまいましたが、
今思えば、生きようとする母の力に励まされるような形で介護をしていたようにも思います。
心身共に自分の限界への挑戦!!!命を懸けた介護!大袈裟な表現かもしれませんが、そんな想いで介護に当たっておりました。

最近、自宅での介護は色々な条件が整わず、してあげたくても出来ない状況下にあるのが現状かと思います。
幸いにも介護の出来る状況にある方は、その置かれた環境に感謝をしつつ、患者様の心和む介護をして戴きたいと思います。

最後になってしまいましたが、このブログを拝読させて戴いた時、読み始めて早々に感じたことがございました。
それは
夜11時に訃報を受けた藤井老師、直ちに準備してMさん宅へ・・・。
この文章を読みながら、亡くなった奥様が、菩提寺を変え宗派を越えて法泉寺の方丈様に葬儀をお願いしたいと遺言していかれたことが納得出来ました。
恐らく御老師の帰山は深夜だったのではないかと思います。

これ程の情熱をお持ちの住職、奥様の生前抱いておられた心情が痛い程分かります。
信頼関係で結ばれた葬儀の御縁。
送る藤井老師も送られるM宅家族も、亡き奥様の成仏を願うことで心が一つになり、これまた昇華に繋がったことで、人間関係の大切さ、信頼関係の素晴らしさを痛感し、学びを得させて戴きました。
【2008/10/21 21:14】 URL | 妙昌 #-[ 編集]
 妙昌さん、いつも素晴らしいコメントいただき有難うございます。
 2年前にお母さんを精一杯、悔いのない看護をされて送られたこと素晴らしいことだつたと思います。
 人間は、必ず別れていかなくてはなりません。死もまた別れの時でもあります。
 逝く人との関係がどうであったかによって人それぞれの感じ方も違いましょう。
 妙昌さんは、正に「やるべきことはやった」と悔いのない看護をされたのですね。
 Mさんから電話がかかって来た時、夕方からの会議と懇親会があって二次会まで行って帰ってきた時でした。
 従ってねお酒を飲んでいましたから枕経は迎えに来ていただきました。
 枕経を勤めて帰宅したのは午前一時半ぐらいだったと思います。
 基本的には、夜中であってもご希望があれば行くことにしております。
 ご家族の心を落ち着かせお葬式の打ち合わせなどをして安心させるのも和尚の務めだと思います。
ご家族にとっても亡くなった人にとっても住職は「導師」なのですから。
 「安心して任せなさい」と言葉に出さずして「お任せします」と思わせるのが「導師たり得る和尚」ではないかと思います。
【2008/10/21 23:10】 URL | 藤井 #-[ 編集]
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プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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