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命と食の教育を
連日、子供たちがいじめを苦に自ら命を絶っていく。悲しい報道に胸が痛む。
なぜ、いじめはなくならないのか?
いじめは差別と同様に決して許されない行為である。しかしながら、現実社会そのものが、いじめの構造になっていると言えないか?
 競争社会だから格差が生まれることは仕方ないかもしれないが、強いものが或いは勝者が弱者、敗者をいじめて良い事にはならない。
 かつて「弱い者いじめはするな」と言って厳しく指導されたものだ。
 ところが、現実社会は「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」で、我が志を曲げてでも強いものにへつらい、巻かれていく。そんな滑稽で情けないな大人の後姿が子供たちに「弱い者いじめ」へと駆り立てていないだろうか?
 また、幼少の時から「命の教育」がなされていないことも一つの大きな要因でもある。
 核家族化が進み、人生の終焉を病院で迎えるのが当たり前になった今日、子供たちが臨終に立ち会うことは稀である。人の死に立ち会うことによって「死」とは何かを学び取っていくのだ。「死とは何か」が分かることによって「生きる」意義が分かってくる。これを疎かにしていはいけない。
 逆にゲームの中では、相手を何人殺したかで勝敗が決まる。ゲームオーバーになればリセットして復活する。そこに「命の重さ」はない。
子供たちは、現実とバーチャルの世界の区別がつかなくなっている。
テレビのお笑い番組の中にも、いじめやいたずらで笑いを誘う愚劣な娯楽番組があるが、これも命を粗末に扱つている。いじめを奨励しているようなもの、マスコミも厳に謹んでいただきたいものだ。
 社会全体で命の教育に取り組むべきである。
 また、命を養う「食の教育」をおろそかにしていないか?
栄養バランスを考えずに空腹を満たせば良いだけの食べ物を「餌(えさ)」と言う。餌で育てるのは動物であるから動物的な人間が育っていく。「食」という字は「人を良くする」と書くように人に良いものが食べ物であり、これを粗末にすると取り返しのつかないことになるのだ。
 今こそ、命と食の教育を真剣に考え取り組まなければならない。
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【2006/10/31 10:36】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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