月曜坐禅会講話「供養を受くるものの用心」
皆さん、おはようございます。
花まつり法要と花まつりコンサートも無事に終わりました。
今日は、月曜日で早朝座禅会でした。
先週は、佐賀に出張中でしたから休みましたが、二週間ぶりの坐禅会、新鮮な感覚がありました。
 今日の講話は
「供養を受くるものの用心」
 出家人は必ず人の施を受けて喜ぶことなかれ、また受けざることなかれ」 故僧正栄西禅師は「人の供養を受けて喜ぶことは仏制にたがふ、喜ばざるは檀越(檀家)の心にだがふ」と言われた。
 この故実用心は、我に供養するに非ず、三宝に供養するなり。かるが故に彼の反事(かえりごと)には、「此の供養は三宝定めて納受あるべしと」というべきなり。
 出家人は、人から布施を受けて、慎みなく喜んではならないし辞退してもならない。

 私も、お葬式のお布施の額について相談を受けることがしばしばあります。相談者は、拙寺の檀家様以外もしばしばあります。
 それに対する私の回答は、お寺次第では金額を決めておられる場合、「請求書」を出されるお寺もあるようですが、その場合は別として、亡くなった方に対してご遺族の皆様がして上げたいだけなさったら良いでしょう。お布施と言うのは、「お礼」ではありません。故人のご供養の為に仏法僧(お釈迦様や仏様、法はお釈迦様の教え、僧とはお釈迦様の教えを修行して体現し、人々に伝えてくれる僧)の三宝に供養して、その布施功徳をも故人の為に回向(えこう・回し向かわすこと。振り向けること)ですから、多かろうが「沢山有難うございます」とも「少なかったですよ・・・」とも言いません・・・と言います。
 たまに「御経料」と書いてくれる方がおられますが、売り物ではありませんから「私のお経を買うのならば、この金額分のお経だけ上げましょう。いくら入ってますか?」これは、笑い話のようですが、こんな会話が成り立つことにもなります。(笑)
 世間の人々の多くは、お布施を「お礼」と考えていますが、そうではないのです。和尚の中にも「お礼」と考えている方がおられるのも事実ですがそれは間違いだと言えます。 
 お布施は、三宝供養ですから全て宗教法人の収入になります。
 住職や寺院の職員は、「給与」として生活費をいただいておりますから、源泉徴収して所得税を納めています。
 宗教法人と個人とは、別人格であります。
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【2012/04/09 09:44】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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