月曜坐禅会講話「財宝は学道のあだなり」
 おはようございます。
今日は、月曜坐禅会でした。
講話は、「財宝は学道のあだなり」について話しました。
 ある日、道元禅師の元に僧が来て「学道の用心とは何か?」と質問しまた。
 禅師は、「学道の人は先ず須らく貧なるべし。財多ければ必ずその志を失う。
在家学道の者、尚財宝にまとわり、居処を貪り眷族に交われば、たといその志ありと言えども、障道の因縁多し。(中略​) 僧は三衣一鉢の外は財宝を持たず、居處を思わず、衣食を貪らざる間、一向に学道すれば分々に皆得益あるなり、その故は貧なる​が道に親しきなり・・・」と答えられました。
 先週の話と似たようなものですが、僧が来て仏道を学ぶ者の心得を尋ねました。
 禅師は、仏道を求める者は、貧しくなくてはならない。財が多ければ志を失くす(忘れる)ことになる。在家の中にあって同じく仏道を求める者も財産や親戚付き合い、人付き合い等に心を取られ仏道の妨げとなる。
在家の人にも優れた人も居るが出家者には及ばない。 
 出家学道の者は、三衣一鉢と言って「三種の袈裟」と食器の「応量器」のみで他の余分なものを持たず、心配することは無用であるから仏道修行に励むことができると言うことです。
 漂泊の俳人、曹洞宗の僧侶、山頭火は托鉢しながら放浪の旅を続け自由律の句を詠み続けました。
 「風吹いて 一文もない」
「なんでこんなに さびしい風が吹く」
たくさんの句を詠んでいましたが妻子を捨てて出家し放浪の旅を続​けた山頭火の心の奥には捨てても捨てきれない心の葛藤が常にあったのだと思います。
 「捨てきれない 荷物の重さ まえうしろ」山頭火
この「荷物」とは?
私も、出家得度式をして僧になった身ではありますが捨てきれない荷物を沢山背負っております(笑)
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【2012/03/12 09:41】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
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プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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