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お彼岸
 春秋の中日を挟んで前後1週間をお彼岸と言います。私達人間は、日々の生活の中で、多少に関わらず様々な悩み苦しみを抱えながら生活しています。
 この彼岸中だけは、そのことをちょっと横に置いて、命を伝えていただいたご先祖様に感謝し、お釈迦様の教えを聞いて心の安らいだ日々を過したいものです。
 彼岸は彼の岸と書きますが、彼岸があればこっちの岸があるはずです。それが、此岸(しがん)であります。
 此岸は、様々な悩み、苦しを抱えた現実世界のことであります。此岸と彼岸の間に横たわる川が「三途の川」であります。
 三途とは、貪(貪りのこと。人間の様々な欲望を貪ること)
      瞋(怒り・腹を立てること)
      痴(愚かな考え、知恵が病にかかること、『自分だけは大丈夫』といような間違った考え)
以上の三つであり、三毒とも言います。これが、人間としての道を誤らせる元であります。これがあるから中々悟りの生活(彼岸)が送れないのであります。
 昔から、葬儀の時、出棺に際して(六文銭)を入れていました。この六文銭の意味は、六波羅密(悟りへ至る六つの知恵)のことであります。
①「布施」与えようものでも心でも
②「持戒」 生きよう人間らしく
③「忍褥」耐えようどんなことにも
④ 「禅定」落ち着こう息調えて
⑤「精進」勤めよう自分の仕事に
⑥「知恵」目覚めよう仏の道に
生きいる間は、以上の六つの知恵を実践することによって彼岸の生活を送ることが出来ると言う事です。
 出棺の時に六文銭を入れる理由は「死んでからの三途の川の渡し賃」であり、「せめてあの世では彼岸の地で暮らして欲しい」と言う残された者の願いでもあるのです。
 どうせなら、生きている間に彼岸の生活を送りたいものです。
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【2007/03/20 10:26】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1)
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コメント
普段、「ほとけさま」が、
忙しさからついつい。「ほっとけさま」になりがちな今日ですが、
私は、意外と行事を大切にしているほうだと思います。
お彼岸も、お墓掃除、お墓参りをちゃんとしましたし、
おはぎや、よもぎだんご、山菜を入れた散らし寿司を作り、
仏様にお供えしました。
「時々、横着して、お参りできないことがあるけど、ごめんなさい。」と
このとき、ちゃんと、お断りしています。
【2007/03/24 06:58】 URL | 優流 #-[ 編集]
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藤井慶峰の日々を綴るブログです。法泉寺のHPへ

プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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