6月議会一般質問のご報告 ③
次に、災害時に於ける市民の避難計画についてお伺いします。
 先程も申し上げましたが、先日いただいた防災計画書を拝見しました。
 大切なことは、防災計画や避難計画がいざ災害が発生した時に機能するかどうか、また、本当に計画した避難場所で良かったのかどうかであります。
 市民に周知されて有効に機能してこそ意義があります。
 その点、本市の防災計画、避難計画見直しの中で安全が確保できるのかどうか市民環境部長にお伺いします。

(答弁)市民環境部長
 今回の東日本大震災を教訓に、市地域域防災計画の見直しについては、県が学識経験者や関係機関からなる委員会を設置し、2013年5月までに最終案をまとめる計画になっている。市としては、国、県の見直しを踏まえながら来年度以降の見直しに反映させたい。
 本年度の見直しは、今年度から市の公共施設に加え、500人以上収容できる宇土高校の体育館を指定できるようになった。
 また、津波対策については安全な場所は限られてくるので第一に現在の避難場所に標高を掲載。第二に、できるだけ高い所に移動する旨を掲載。第三に、避難場所の名称を掲載している。
 今後は、市民がより安心して避難できるよう計画の見直しに向けて全域を検証していく。
 尚、避難所への誘導標識についても設置する方向で検討していく。

(藤井)
 このような防災計画、避難計画は、災害の種類、つまり地震災害、台風災害、水害、大火など災害の種類によっても変わって参ります。従って、これで万全だというものはないと思いますが行政としてはあらゆる災害を想定して避難計画、防災計画を立てなくてはならないと思いますので今後とも市民の安全確保に御尽力いただきますようお願い致しまして質問を終わります。
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【2011/06/25 21:59】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
6月議会、一般質問のご報告②
(藤井)
②次の質問に移ります。芥川議員の質問とも重複しますが通告しておりますので予定通りに質問します。
3月11日に発生した東日本大震災は、未曾有の甚大な被害をもたらしました。2万数千人の人々の尊い命が奪われたのであります。
宮城県石巻市の大川小学校では、全校生徒108人のうち74人が津波に巻き込まれて死亡又は行方不明になっております。
報道に寄りますと、この小学校では事前に避難場所を指定していなかったということであります。その為、地震発生直後に校庭に避難し約45分後に津波警報を聞いて高台に避難しようとしたが間に合わず大津波に巻き込まれてしまったということであります。
 これは、当に避難計画、避難指示の拙さによる人災としか言いようがありません。
 災害は、どこで何時発生するか分からないのでありますから常に災害の種類に応じた避難方法、避難場所などの避難計画を立てて確認しておかなくてはならない訳であります。
 宇土市の防災計画については、先日いただきましたので人通り見ましたが改めて、
本市の小中学校、幼稚園も含まれる訳ですが、防災計画、避難計画は大丈夫なのか、教育部長にお伺いします。

(答弁)教育部長
 ご指摘の悲劇については、改めて本市においても普段からの防災計画の重要性を思い知らされている。
本市においても、全ての小中学校で防災計画が作成されており、その中に火災、地震による避難場所・避難経路は明記され、避難計画も作成されている。
各学校に於ける学校安全年間計画を位置づけ、計画的な安全教育を行っていく。
 特に、防災教育の実用性と言う観点から避難訓練をどの学校も位置づけており、昨年度の実績では火災訓練は全ての学校で実施している。地震避難訓練では半数以上の学校が実施している。しかし、津波訓練についてはどの学校でも実施していないのが現状です。
 本年度は、先の大震災の教訓を生かして津波を想定した訓練をした学校もある・・・(略)早急に児童生徒の安心安全な防災計画・避難計画の再確認や見直し等を図り災害時に備えて行きたい。


(藤井)
 只今の答弁の中で、地震避難訓練については「半数以上の学校が実施している」ということですが、していない学校もあるということですね。
 また、津波を想定した訓練はどの学校もしていないということでありました。
今から20年前、宇土半島の対岸の島原半島の普賢岳が198年振りに噴火して大火砕流で43人の犠牲者を出すと言う悲しい事件がありました。あの当時、私は島原半島の普賢岳から直線距離で約10キロ程のところに住んでおりました。
 熊本県側もそうですが火山灰に悩まされたものでありました。それと、もうひとつの心配が普賢岳の大爆発とそれによる地震、そして津波でありました。御承知の通り219年前の普賢岳の噴火の時には、普賢岳の東側の眉山が大崩落して、島原の城下を押し潰して有明海に流れ込み大津波を惹き起こしたのであります。所謂「島原大変肥後迷惑」と語り継がれている「寛政の大津波」であります。有明海沿岸で15,000人もの犠牲者を出しました。
 その時の津波は、14.9メートルの高さまで達したそうであります。
私は、1月、5月、10月の3回、熊本市平田町自治会に呼ばれて御供養に行きますが、その時には、寛政の大津波の犠牲者の供養も勤めております。つまり、今の国道3号線の先まで大津波は到達したということなのです。
 もし、有明海内部、橘湾や天草灘、東シナ海を震源とする大地震が発生すると大津波が発生することも充分に考えられます。
網田小学校、網田中学、住吉中学は山の上ですから大丈夫かもしれませんが網津小学校、緑川小学校、走潟小学校、宇土東、宇土小、鶴城中学校、宇土幼稚園も含めて津波の危険性にさらされる可能性が無いとは言えませんので、その点も踏まえた避難計画を立てていただきたいと思います。

【2011/06/25 21:37】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
6月議会一般質問のご報告 ①
平成23年6月議会 一般質問
(藤井)
①昨年の12月議会で宇土本町通りの大型貨物自動車の通行規制ができないかと言う質問をしました。
それ件に対して、元松市長も、「住宅街、商店街の中を大型貨物車が走るのがおかしいし極めて危険だと思う。現在の時間帯による通行規制を終日通行規制したい」という答弁をされました。
しかしながら、大型車両の通行によって傷んだ道路の補修は直ぐにされましたが、通行規制はされないままになっております。もっとも、補修されてから半年ぐらいになりますがもう、あちらこちらで路面がガダガタになっております。
 商店街の商店主の方は、市長の「通行規制をする」という答弁を聞いて大変喜んでおられましたが、一向に通行規制が実施されないので「どうなっているんだ」と少々怒っておられるのであります。
ここで、大型貨物自動車の定義を考えていただきたいと思います。
道交法でいう大型貨物自動車は5トン以上、車両総重量が8トン以上の貨物車を言います。
 町の中に貨物の配送で進入してくる貨物車はだいたい5トン未満、4.5トン車とか3トン車、2トン車、或いは軽貨物車であります。
 8トン車以上、或いは大型トレーラーで荷物の配送に来ることは殆ど有り得ないことであります。

 そこで、12月議会以後に県や県公安委員会、宇城署などと交渉をされたことと思いますがその点についてお伺い致します。

(答弁)市民環境部長
 昨年12月に本町3丁目の交差点で大型トラックの巻き込みによる死亡事故が発生しており、ウキウキ道路から本町通りを通過して57号線に出る経路は道幅も狭く危険である為、大型貨物車(8トン以上)の通行規制を県土木事務所や宇城警察署に要望、協議をしてきた。
 県との協議では、道路破損の恐れがある場合には一定の規制をかけることがことはできるが、基本的の道路構造上の問題がなければ規制は難しい。
 また、宇城署との協議の結果、大型車の迂回路や市としての交通網の計画案を示して欲しいということであった。通常、通行規制する場合は、大型貨物(8トン以上)を規制することは難しく「大型車」を規制することになる。
 しかし、市としては大型貨物車の通行規制をする為に関係課での検討会議を開催し課題や問題点を出してきた。
その内容は、
①規制時間帯に取り締まりをしていただく。
②観光面や産業面で進入車両は許可書が必要になる。
③迂回路として松原交差点に大型車を誘導すると交差点が混雑する。
④代替ルートとしてウキウキ道路から国道3号線に出て、市街地を通らずに松原交差点から国道57号線へ出る経路。
⑤現在の7時から8時30分までの規制を延長する。
 以上のような意見が出た結果を踏まえ、市として交通網の整備を検討し、再度、県や宇城警察署と協議していく。

 
(藤井)
宇城署との協議の結果、「大型車の迂回路や市としての交通網の計画案を示して欲しい」ということだったということで、関係各課で協議したところ課題や問題点があった。それは、
①規制時間帯に取り締りをしていただく。
②4観光面や産業面において進入車は許可証が必要になる。
③迂回路として松原交差点に大型車を誘導すると交差点が混雑する。
④うきうきロードから3号線に出て、市街地を通らずに57号線へ出る経路など数々の意見が出た。現在意見を集約中、継続して審議していくということでありました。
 先程も申しあげましたが、町の中に貨物の配送で進入してくる貨物車はだいたい5トン未満、4.5トン車とか3トン車、2トン車、或いは軽貨物車であります。
 8トン車以上、或いは大型トレーラーで荷物の配送に来ることは殆ど有り得ないことであります。
 商店街の商店主や買い物される人達が通行規制して欲しいと言うのは、この8トン車以上の大型トレーラーであります。従って、そう難しいことではないと思います。
 例えば、国道57号線から右折して市役所通りに入る交差点、あそこに三角方面から大型貨物車の右折禁止、松原方面から左折禁止にする。
 金森病院前の交差点から本町通り1丁目方面への大型貨物車の進入禁止をする。
 中尾石油前の交差点から本町通りへの大型貨物車を進入禁止する。
或いは、市役所前の道路から本町通りへの右折、左折を禁止する。直進しか出来ないようにする。スーパーキッドの先、肥後銀行前の交差点も右折禁止にする。いろんな方法が考えられると思いますが、本町通りから大型貨物車の通行を規制することができます。
勿論、これはひとつの規制案でありますが、要は「大型貨物自動車」だけの通行規制ですから前記②③のようなことは殆ど考える必要はないと思います。
 「経済面」を考えた場合でも、ちょっと迂回路を通ることと商店街を大型貨物車が市民に恐怖感を与え、路面を傷つけ、或いは交通事故を起こして、何物にも代えがたい人の命を奪ったり怪我をさせたりして、その事故処理や補償問題に費やす時間と心労などを考えても通行規制する方が遥かに大切だと考えます。
 商店街の活性化という観点からも、買い物がし易い交通環境を創らなければ買い物客も本町通りを避けるとい事になるわけであります。
従って、是非とも、この問題は早い時期に実現していただきたいと思います。
市長の信用問題にも関わることですから是非とも実現していただくことを重ねてお願いしておきます。
【2011/06/25 10:13】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
沖縄の暑い夏・・・「無言の叫び」・・・23日は沖縄慰霊の日
 今日は、沖縄慰霊の日です。
太平洋戦争中、国内で唯一の地上戦が行われ、9万人を超える民間人の犠牲者を出した沖縄での闘いが終わった日と言われています。
 このブログは1年前のものですが敢えて再度掲載します。

昨年5月17日の日曜日、檀家様のご法事の席の出来事です。
この家の長男英利さんは、私よりひとつ年上の先輩です。
公務員の傍ら、障害を持つ人たちとバンドを組み、ボランティアで学校や福祉施設などでコンサートを開催しておられるそうです。
 その長男さんが、ギターを弾きながら歌ってくれました。
その中の曲に表題の「無言の叫び」がありました。
 悲しく重たい曲でしたが多くの皆さんに知っても貰いたいと思いましたので歌詞をお伝えします。

 「無言の叫び」ガマの遺骨収集から  詞 森 典正    曲 永松英利

 ただ ひもじかっただけなのに ただ 泣きたかっただけなのに
一番信じていた母親の 胸に口塞がれ 抱きしめられて すぐにおっぱい飲めるかと信じながら
息絶えた 小さなお骨の仏様 60年経った 夏のガマ

 ただ 生きたかっただけなのに 本当に生きたかっただけなのに 守ってくれるはずの兵隊に
 泣く子は殺すと剣突きつけられ 信じきってるいとし子を 必ず後から行くからね ごめんね ごめんねと 口塞ぐ 今年は暑い夏のガマ

 普通に暮らしたかっただけなのに 平和に暮らしたかっただけなのに 信じたはずのあの人の
玉音ひとつで戦いが始まり 300万人道連れに 私は青酸カリ飲んで 訳も分からず死んでった 
取り残された夏のガマ
 
60年経った 夏のガマ 誓い新たに 夏のガマ


 沖縄で死んでいった多くの人々の悲しみ苦しみが伝わってきます。
私は、この歌詞のおっぱい飲みたかった赤ちゃんの思いを博多での法話の中に引用しました。

 親が子を虐待したり殺したりする浅ましい時代です。
 この曲の歌詞のように涙を流しながら「ごめんねごめんね」と泣きながら「おっぱいが飲める・・・」と自分を信じきっている愛しいわが子の口と鼻を塞いで命を絶たなければならなかった母の悲しみを思うと涙が止まりません。

 あなたはこの歌から何をどう感じ取ってくれますか?

 この日記は、昨年6月22日に書いて公開していたものですが、6月23日は沖縄慰霊の日ですから再度公開します。

 沖縄で犠牲になられた全ての人々に心から哀悼の意を捧げたいと思います。      合掌
 
(以下追記)
 菅総理大臣は沖縄の慰霊式に参列してこれまで基地問題で沖縄県民に迷惑を掛けて来たことに対して謝罪されました。
 沖縄県民と犠牲者に対する本当の謝罪は米軍基地の沖縄からの撤去以外にはないと思います。
 菅総理は沖縄県民に対して「譲歩」を求めるようですが譲歩を求めるのはアメリカ政府に対してだと思います。
 小泉政権が勝手に合意した「日米合意」を踏襲することは民主党としてしてはならないと思います。
【2011/06/23 12:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
遂に国内でも出た臓器移植商売
 臓器販売で医師と暴力団員逮捕へ

 遂に心配されていたことが国内でも起きました。
臓器の提供を求めるものとそれを商売にしようとする者、生命倫理を無視したことが国内でも現実となりました。
【2011/06/23 08:45】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
今日から3日間、一般質問です・宇土市議会
 宇土市議会6月定例会の一般質問が今日から3日間開かれます。
私は、22日の3番目ですから午後1時からになる予定です。
 どなたでも傍聴できますからお出でになりませんか。
【2011/06/21 01:17】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
6月議会の一般質問の質問事項を公表します。
 17日開会の6月定例市議会の一般質問の質問事項は下記の通りです。
1、安心安全な町づくりについて

 宇土本町通りの大型貨物車の通行規制について、昨年12月議会後の熊本県との交渉経過と結果はどうなっているのか。
 商店街の希望は大型貨物車の通行禁止であるが、未だに実現していない。
 市長も「通行禁止を実現するよう県に要望する」と答弁したがどうなっているのか?

2、災害時に於ける避難計画について

①小中学校の防災計画・避難計画は大丈夫か?
 3月11日の東日本大震災の時に、宮城県石巻市の大川小学校では全校生徒108人の内74人が津波に巻き込まれて死亡又は行方不明になった。
 これは、避難計画と避難指示の拙さが招いた悲劇であり人災だ。宇土市内の小中学校の避難計画を再確認するべきだ。

②各地区の防災計画・避難計画、避難場所の選定について再確認をしていただきたい。

  以上です。

 今回は、新人議員6人全員が質問に立つそうです。
合計11人で私は7番目ですから2日目(22日)の早ければ11時半、13時からになるかと思います。
【2011/06/21 01:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
青梅差し上げます。
 拙寺には、青軸という梅酒にも適した大粒の梅の木が7本ほどあります。他にも沢山なっている梅の木があります。ご希望の方には無料で差し上げますので取りにきてください。

 来られたら、一声かけていただくとご案内いたします。寺の境内ですから直ぐに分かります。
【2011/06/17 14:43】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
イタリア、「脱原発」を選択・・・国民投票
イタリア国民投票で「脱原発」を選択



 イタリアで行われた、原発再開発の是非を問う国民投票で57パーセントの有権者が投票し、しかも、94パーセントを超える国民が「原発反対」の意思を表明しました。

 福島第一原発事故の惨状と原発の危険性をまざまざと見せつけられた人々は「反対」の意思表示をせざるを得なかったと思います。

 原発事故が起きたら取り返しがつかないことは多くの国民が知りました。
国策として原発を推進してきた政府と電力業界、経済界は「安全でクリーンなエネルギー」として国民を飴と鞭で黙らせて原発を造り続けて来たのであります。

 佐賀県玄海町に講演に行った時に聞いた話ですが、原発を造る時に漁師さん達には一世帯当たり何千万円かの「漁業補償金」が支払われたそうです。その結果、漁師としての仕事を奪われた人達が補償金を使い果たして一家離散に追い込まれた家庭が多くあったそうです。
 
 「原発はクリーンで経済的」と言うのは原発推進を唱える電力業界と政治家の国民を欺く為の宣伝文句であります。原発ほど危険で高コストな発電所はありません。

 勿論、国民も生活を見直して電気を節約しなければなりませんが、むしろそれが人間としてのあるべき姿だと思います。

 お釈迦様は「知足」(ちそく)という「足ることを知る」ことの大切さを説いておられます。
また、「少欲」(しょうよく)という欲張らないことの大切さも説いておられます。

 自分の生活を省みること、欲を少なくして足ることを知りたいものです。

「原発事故は人災」佐藤元福島県知事
【2011/06/15 14:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3)
普賢岳災害の記録・・NHKの放送を見ました。
 今夜はも9時半からNHKで20年前の普賢岳災害のドキュメンタリー番組が放送され家族でみました。
当時7歳と8歳だった長男と長女も子供のころの記憶を呼び起しながら、時には私に質問しながら見ておりました。
 鐘ヶ江市長も20年の歳月がすっかり身体に刻まれ老翁になられました。
鐘ヶ江さんはも43人の犠牲者を出したことを今でも背負い続けておられます。

 避難勧告地域の設定、警戒区域の設定では大変な苦悩をされておりましたことを今でも鮮明に覚えています。
 鐘ヶ江さんも大火砕流の発生する前に犠牲者が出た定点近くまで行こうとされたのですが腰に激痛が走って我慢できず鍼灸院に行ってハリ治療を受けられたそうです。
 その激痛こそが鐘ヶ江さんの命を救う為に見えない大きな力が働いたのだと述懐しておられました。

 フランス人の火山学者3人も犠牲になられましたが、私たち人間は、自然に対してもつともっと謙虚であるべきだと思います。
 この学者さん達が「危険だ」と言って、定点上まで行かなかったら犠牲者はもっと少なかったのかもしれません。
 今となっては、どうしようもないことではありますか・・・。

 噴火する前の普賢岳の写真を撮る為に何度か登ったことがありますが、当に普賢菩薩をお祀り神仏の山でありました。

 注) お釈迦様の知恵を現すのが文殊菩薩、慈悲を現すのが普賢菩薩です。普賢岳には「普賢神社」に普賢菩薩が祀られていましたが、恐らく「廃仏毀釈」の時に「神社」になったのだと思います。
【2011/06/04 23:22】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
命を知る・・・自殺志願者だった女性が被災地でボランティア
 昨日の午前8時過ぎのことです。
携帯電話に着信が・・・登録している自殺志願者の女性からの電話でした。

 「おはようございます」と語りかけると「先生、おはようございます。ご無沙汰しています・・・」と話す言葉が弾んでいます。
 「今、気仙沼に来ています。私にも何かできないかと思ってボランティアに来ました。そしたら、私の悩みなんてちっぽけなことだと思えて・・・。先生に相談して良かったです・・・」と。

 「ええーっ、そうですか、ボランティアに行った?それは良かった」私も嬉しくなりました。

 もう1年にもなりましょうか、彼女は、塾年世代の母親ですが家庭の事、家族のことで悩み続けて相談の電話をしてきたのです。

 未曾有の大災害は、多くの人々に価値観の大転換と命の尊さ、儚さ、生きることの意味を教えてくれました。
彼女も被災地に行き、自らの命を被災者の命に重ね合わせて「生きる」ことを悟ったのだと思います。

 「生きていてくれた良かった」愚僧の私もお役に立てたようです。

 生きていればこそ知った命の尊さと生きることの意味だということです。
【2011/06/04 01:20】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
島原普賢岳災害追悼の日・・・6月3日
 20年前のこの日、雲仙普賢岳で起きた大火砕流は43人の尊い命を奪いました。
当時、島原半島の普賢岳より南西10キロの西有家町(現・南島原市)に住んでいた私は、普賢岳から黒煙と火山灰を撒きあげて落ちていく火砕流を目撃しました。
 そのは西風が吹いていましたから島原市から熊本市内方向へ真っ黒な火山灰と雨を降らせました。

 この記憶は、熊本県内の方々も鮮明に覚えていることと思います。
普賢岳災害は、その後も島原市と深江町の人々を苦しめたのでありました。

 ニュースで追悼式の模様が報道されていましたが、当時の鐘ヶ江市長もすっかりお歳を召され、犠牲になられた消防団員の子供たちも既に父となり母となつておられました。
 まだ20年なのですが、もう20年か・・と、・・隔世の感があります。

 犠牲者の御霊に対してあらためて哀悼の意を表したいと思います。

 
【2011/06/04 00:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
管内閣不信任案提出と否決
 国会では、自公とたちあがれ日本が提出した管内閣不信任案が大差で否決されました。
管内閣に対しては、多くの不満があり、特に管総理に対しては情けないぐらいの失望感があります。
しかし、今は不信任案を出す時期ではりません。
 権力争いをしている時ではないと思います。

 管総理は、辞めるべき時期をとっくに失っています。
辞めなければならなかった時期は、参議院選挙直後に参議院選挙惨敗の責任を取って辞めるべきでした。
それを、総理の座に固執して居座ったことと、民主党がそれを許してしまったことが今の国民の不幸に拍車をかけることになったと思います。
 辞めさせるなら3月11日以前に辞めさせるべきだったと思います。
大震災によって、我が国は未曾有の災害による国難に直面してしまいました。
 今は、この国難を乗り切る為に与野党が大同団結して、大連立政権を樹立して、つまり「挙国一致内閣」を樹立して国難を乗り切っていかなくてはならないと思います。

 自民党や野党は、福島第一原発事故に対する初動対策のミスを追及するのではなく、管内閣に協力又は連立政権に参加し、被災者に対して「国が被災者の皆さまに対して全力で復興に力を注ぎ、生活を守りますから安心してください」と国が責任をもって生活再建政策を実現することを宣言し施策を実現することです。

 そして、今の国会議員の中では、もっとも政治手腕があるであろう小沢一郎氏にも、政治資金問題は先送りしてでも内閣に参画していただき国難を乗り越える方法を取るべきだと思います。
【2011/06/03 00:32】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)


藤井慶峰の日々を綴るブログです。法泉寺のHPへ

プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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