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被災地へ行かれる方にお伝えします。
参考までにお伝えします。
今日は人吉インターまで行って、国道219号線を神瀬までに行きました。
今は許可車と地元の人、災害支援車だけが通れます。神瀬保育園の園長に訊くと、芦北経由が早いと言うことで、帰りは芦北町大野を通って芦北経由で帰りました。
球磨村神瀬、一勝地に行かれる方は、芦北経由が良いと思いますのでお知らせします。
球磨村渡は、人吉インター経由が早いと感じました❗
芦北インター降りて右折して道なりに行くと約20分で球磨川を渡る橋があります。右に行けば一勝地、左に行けば5分で神瀬に行きます。
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【2020/08/01 23:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
豪雨災害被災地球磨村神瀬地区に救援物資を届けてボランティア活動をしました。
31日は、(株)はぐくみの野村順子さんの依頼で阿蘇町のキリスト教の教会(写真は、教会の先生)に布団、食器、衣類等の支援物資を頂きに行き、帰りに緊急支援ネットワーク熊本の事務所で飲料、菓子、岡山から石原牧師さん親子の到着を待って、持って来てくださった布団、洗濯機、卓上コンロ等を受け取りました!
キリスト教、仏教、仏教も宗派を越えて力を合わせて頑張っております。
(株)はぐくみから借りたハイエースに満載です。
明日の午前中に球磨村神瀬保育園に届けます。
神瀬保育園は、私と同じ曹洞宗の神照寺さんの経営です。住職の岩崎哲秀さんご家族も被災者の為に毎日奮闘しておられます。
国道219号線の崩壊で孤立して120名程の避難者が数日間自給自足で頑張っておられました。その事は、ニュースで報道されましたので御覧になられた方も多いと思います。
今も被災者の皆さんは、お寺と保育園に寝泊まりして自宅の片付けをしておられます。
私達、応援団は被災地で必要な物を把握して出来る限りの支援をさせて頂きます❗
苦しい時、悲しい時、辛い時、苦難の時は、みんなで力を合わせればその苦しみは何分の1になり軽くなります。
皆さん、共に助け合いこの苦難を乗り越えましょう‼️
【2020/08/01 23:17】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
豪雨災害被災地球磨村渡地区に救援物資を届けてボランティア活動をしました。
20日、朝から熊本市の宗岳寺住職堀田雪心さんと宇土市の河野敏信さん、私の3人で軽トラと私の車で球磨村渡に支援物資を届けて、民家の床下の泥出しのお手伝いをさせて頂きました。支援物資は、緊急支援ネットワーク熊本、チーム宇土支援センター、水俣のコミュニティセンターから提供して頂いた物です。
犠牲者が出た老人ホームにも行きお参りさせて頂きました。老人ホームは、小学校の上にあり、かなり高い所にあり、「こんな所にまで水が来たのか」と、3人とも唖然としました。
堤防から15メートルから20メートルを遥かに越えて人々の家々をのみ込み押し流しておりました。
想像を絶する超大洪水だったのです。
国道沿い、鉄道沿いの家々は、屋根を越えて激流があらゆる物を奪っていました。
ニュースで何度も放送された赤い橋は、この渡地区にあり、橋の300メートル程下流にあった肥薩線の鉄橋も流されていました。
流された橋には、対岸の水源地からこの地区の上水道の送水管が併設されていましたから完全に断水しており、回復の見込みは立っていません。
床下に流れ込んだ土は、べたっとしてスコップにへばり着いてしかも重い物で腰を痛めそうになりました。
復興への道は、限りなく遠くきついものだと思いますが、これからも出来る限りの支援をさせて頂きます。
【2020/07/21 18:20】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
宇土市議会6月定例会最終日に「核兵器廃絶を求める意見書」に賛成の立場から討論しました。
 無所属の藤井慶峰です。
平成元年陳情第二号「2019年原水爆禁止国民平和大行進への支持・賛同のお願い」について、総務市民常任委員会の委員長報告では、賛成少数で不採択であります。
私は、原案賛成、採択すべきとの立場から討論を行います。
この陳情が本議会に提出されたのは1年前、令和元年6月12日であります。昨年の6月議会で間に合いませんでしたが、その間3回の定例会がありましたが継続審査となっておりました。
提出から1年後の今定例会の委員会に於いて、賛成少数で不採択となっております。
委員会での意見等について、宇土市平和都市宣言についても意見が出されたようでありますが、改めてこの宣言について考えてみたいと思います。
1985年,昭和60年3月26日、宇土市と宇土市議会は、「恒久平和は人類不変の願いである。世界で唯一の核被爆国であるわが国は,全世界に向かって被爆者の苦しみの実相を知らせ,広島,長崎の惨禍が再び繰り返されることがないように,特段の努力をなす責務を負っているといわねばならない。
宇土市民は,日本国憲法に掲げられた恒久平和主義の理念にのっとり,わが国が提唱する『非核三原則』の遵守を永遠に希求して,ここに平和都市宣言をするものである。」と平和都市宣言をしたのであります。
この理念に元づいて、平成15年3月議会に於いて、当時小泉内閣でございましたが、米英両国によるイラクに対する武力行使を支持した小泉内閣に対して、宇土市議会として意見書を提出しました。その内容は、  
① 政府が憲法の平和条項の理念に立ち返り,米英両国の武力行使に対する「支持」を撤回し平和的解決に努力すること。
② 政府は,米英両国に対して,平和的解決を要望すること。を求める議員発議による意見書を賛成多数で可決し政府に提出したのであります。
また、元松市長も平成30年の8月1日付けの、元樹だよりにおいて、
「恒久平和は,人類普遍の願いである」 これは,宇土市の「平和都市宣言」における冒頭の一説です。1945年8月,人類史上初の原子爆弾が広島・長崎に投下され,8月15日に終戦を迎えました。そのため,8月は戦争について深く考えさせられる時期です。 
 世界の平和は誰しもが望むことです。その一方で,この世から争いの種が絶えないこともまた事実。心でいくら望んでも,望むだけでは「平和の願い」を叶えることはできません。
 宇土市では,昭和60年3月に,宇土市と宇土市議会の連名により「平和都市宣言」を行いました。「平和都市宣言」とは,地方自治体が,世界の恒久平和を願って,核兵器等の廃絶を訴えたり,平和推進事業に取り組むことを表明するものです。
 これまでに,本市では,各小中学校での平和教育学習はもとより,平成26年度に「シベリア強制抑留」を経験された方の講演会を開催する等,多くの平和推進活動を行ってきました。  
 終戦から73年目を迎え,戦争を経験された方の高齢化も進み,戦争を語り継いでいくことが年々難しくなっています。私も子どものころ,祖父母たちから戦争の体験談等を聞き,衝撃を受け,「戦争の悲惨さ」,「命の尊さ」について考えさせられたものです。
と平和を願い核兵器の廃絶を訴え、平和推進事業に取り組むことの重要性を訴えておられます。
 また、平成29年9月議会においては、野口修一議員も一般質問で本市の平和都市宣言を取り上げ、市として市民として平和教育に取り組むことの重要性を訴えられ、執行部も積極的に平和教育に取り組むとの答弁をされております。
 今、世界中に人類を滅亡させても余りある核兵器が存在します。核兵器の使用は、即ち人類にとっては、滅亡を招くものであり核兵器の使用については、勝者はありません。誰もが敗者であり誰もが被害者であります。
 私達は、今一度のこの平和都市宣言を制定された当時の原点に立ち返って平和について、核兵器廃絶について考え行動を起こすべきだと思います。
私は、平和都市宣言をした本市議会に於いては、本陳情書については、早い時期に採択すべきであったと考えるものであります。
以上意見を申し上げ、本陳情書を採択されますようお願いを申し上げ討論といたします。有難うございました。

採決の結果は、賛成が共産党の福田議員、無所属の村田議員、野口議員、私の4人だけで残念ながら不採択となりました。
【2020/07/03 14:55】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)
沖縄慰霊の日  今年の慰霊の日 朝日新聞の記事から
あなたのおかげで 私は今 ここにいる
「命を守り生き残ってくれて、今の私や沖縄がある。私が詩を詠むことで、体験者の気持ちが少しでも癒やされたらいいな」

母はあなたを殺さずに… 慰霊の日、高校生が詠む沖縄戦
 沖縄は23日、沖縄戦の戦没者を悼む「慰霊の日」を迎えた。糸満市摩文仁(まぶに)の県平和祈念公園では正午前から、コロナ禍により規模を縮小し、沖縄全戦没者追悼式が開かれる。式で読み上げられる「平和の詩」。戦後75年の今年、県内の小中高校生ら計1119作品から選ばれたのは、沖縄県立首里高校3年の高良(たから)朱香音(あかね)さん(17)の詩「あなたがあの時」だ。
 〈「懐中電灯を消してください」/一つ、また一つ光が消えていく〉
 詩は、2年前に平和学習で経験した、壕(ごう)の中での情景から始まる。
 〈真っ暗になったその場所は/まだ昼間だというのに/あまりにも暗い/少し湿った空気を感じながら/私はあの時を想像する〉
 沖縄戦のとき、祖父母は疎開していて助かった。体験者の話を聞くようになったのは、小学校の授業などから。そのたびに「自分がその場にいたらどう感じたか」を考えてきた。
 〈あなたが青春を奪われたあの時/あなたはもうボロボロ/家族もいない 食べ物もない/ただ真っ暗なこの壕の中で/あなたの見た光は、幻となって消えた。〉
 詩を書くにあたって意識したのは、今を生きる自分が沖縄戦を目撃したとして、そのときに、これまでつらい戦争体験を語ってきてくれた人たちに何をどう伝えたいかという視点だ。
 〈あなたが声を上げて泣かなかったあの時/あなたの母はあなたを殺さずに済んだ/あなたは生き延びた〉
 〈あなたが少女に白旗を持たせたあの時/彼女は真っ直ぐに旗を掲げた/少女は助かった〉
 〈あなたがあの時/あの人を助けてくれたおかげで/私は今 ここにいる〉
 詩の中で繰り返される「あなた」は、これまで高良さんが直接聞いたり、本で読んだりした体験者を重ねた。その姿を思い浮かべたときに一番伝えたかったことは、感謝の気持ち。
 〈あなたがあの時/勇気を振り絞って語ってくれたおかげで/私たちは 知った/永遠に解かれることのない戦争の呪いを/決して失われてはいけない平和の尊さを〉
 〈ありがとう〉
 普段、友人同士で沖縄戦を話題にすることはほとんどない。追悼式での朗読が決まったとき、気恥ずかしさを感じて断ろうかと迷った。それでも、「わたしが発信すれば、同世代もちょっとは戦争や平和について話しやすくなるかな」と、引き受けた。
 〈「頭、気をつけてね」/外の光が私を包む/真っ暗闇のあの中で/あなたが見つめた希望の光/私は消さない 消させない〉
 〈あなたがあの時/私を見つめたまっすぐな視線/未来に向けた穏やかな横顔を/私は忘れない/平和を求める仲間として〉
 高良さんは、沖縄戦を生き延びた人たちが「子や孫に同じ思いをしてほしくない」と口にする気持ちを、「すごく優しい願い」と受け止め、その思いを受け継ぐ決意を詩に込めた。そして、こうも話す。「命を守り生き残ってくれて、今の私や沖縄がある。私が詩を詠むことで、体験者の気持ちが少しでも癒やされたらいいな」
(朝日新聞6月23日 国吉美香)



【2020/06/25 15:34】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0)


藤井慶峰の日々を綴るブログです。法泉寺のHPへ

プロフィール

藤井慶峰(ふじい けいほう)

Author:藤井慶峰(ふじい けいほう)
1954(昭和29)年5月、宇土市生まれ。
 ペットは愛犬レオとルナ(10年前に捨てられていた雑種犬ですが気が利く我が家の番犬です。レオはオスで門番をしています。お参りの人や用があって来た人は笑顔で迎えますが、怪しい人には吠えます。但し、夜は見知らぬ人には吠えますのでご注意。(噛みはしません)八幡大学第2部法律学科卒業、法泉寺26世住職 大本山総持寺布教師 曹洞宗九州管区教化センター布教師 九州四十九院薬師霊場会理事 熊本市人権啓発推進総室講師 保護司 熊本刑務所教誨師 平成義塾熊本前塾長 ハンセン病市民学会宗教部会世話人 人権啓発映画「新あつい壁」製作上映実行委員会事務局世話人  環境ネットワーク熊本会員 宇土の文化を考える市民の会世話人 不知火竜馬会会員 自殺防止ネットワーク風熊本相談所 
 宇土市議会議員(3期目)

(好きな言葉)希望は高く頭は低く   実るほど頭の下がる稲穂かな    身を削り 人に尽くさん すりこぎの その味知れる 人ぞ尊し
(尊敬する人)お釈迦様  マハトマ・ガンジー  横井小楠  坂本竜馬  吉田松陰 田中正造 西郷隆盛 小松帯刀 天璋院篤姫
(著書)美しい地球と未来を子供たちに ㈱ぱんたか刊 1300円 この本を送料・税込み1000円で差し上げます。

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